アメリカの代表的スポーツメーカー
アメリカのスポーツメーカーとしてだけでなく、世界のスポーツメーカーとして圧倒的に人気なのがナイキ(NIKE)である。
1968年、スタンフォード大学で経済学を専攻していたフィル・ナイトと、オレゴン大学の陸上コーチであったビル・バウワーマンが設立したブルーリボンスポーツ(BRS)社が前身であるが、ナイキとしてメジャーになるには日本のスポーツブランド、アシックスの存在が大きい。
そもそもブルーリボンスポーツ(BRS)社は現アシックスの当時のブランドであるオニツカタイガーのランニングシューズをアメリカで輸入販売していた。この中で、より高い利益追求のため、オニツカタイガーから技術者をヘッドハンティングし、競合である福岡のアサヒコーポレーションでトレーニングシューズを生産し、ナイキというブランド名で販売開始したのだ。
また、ナイキはこれまでに沢山のスポーツシューズを製造・販売しているが、 自社工場を持たない委託生産方式を採用している。小売店への出荷方法についても、基本的には買取制とし、マーケティングを厳密に行い、余分な在庫を持たないという徹底した戦略をとっている。もちろんこれらの営業戦略だけが優れているわけではなく、その斬新なデザインもアメリカのスポーツブランドとして愛される魅力であろう。
日本の代表的なスポーツメーカー
ここでは日本の代表的なスポーツメーカー2社についてご紹介する。
・アシックス(ASICS)
1949年、鬼塚喜八郎がバスケットシューズの製造販売会社として鬼塚商会を神戸で興したことから始まる。当時のブランドであるオニツカタイガーをナイキの前身であるBRS社がアメリカでの販売代理店となっていたのも有名な話である。尚、現在もオニツカタイガーのレトロでファッショナブルな雰囲気が人気を呼び、再び製造販売されている。
現在は、バスケットシューズのみならず水泳やテニスなど幅広いスポーツ向けのブランドを展開している。
・ミズノ
1906年、水野利八が洋品雑貨や運動服の製造販売を目的として大阪市北区で水野兄弟商店を興したことから始まる。あらゆる種目のスポーツ用品やスポーツウェアを扱っている。特に水着においては、SPEEDO社とライセンス契約を結び最先端技術の開発を行ってきていたが、契約解除後から自社ブランドを展開するようになった。その技術の高さから競技用水着として非常に高い評価を受けている。
ドイツの代表的スポーツメーカー創業の裏話
現在も人気のドイツのスポーツメーカーの創業には、意外な成り立ちがあった。
1920年、靴職人の息子であるアドルフとルドルフのダスラー兄弟が体育館用のシューズを開発するダスラー兄弟商会設立したことから始まる。
1924年には開発した体育館用シューズの靴紐の代わりにゴムの付いた革底を使用したものを開発した。陸上競技やサッカーから広まり、著しく成長していった。
しかしその後、この兄弟は喧嘩をしてしまい、それぞれが独立する。
こうしてできたのが、ドイツで有名な2つのスポーツメーカーである。
アドルフが1948年に独立してアディダス(adidas)を、ルドルフはルーダを設立したのだ。
このルーダが後のプーマ(PUMA)というスポーツメーカーの前身である。
プーマ(PUMA)は大相撲の力士にスポーツブランドとして初めて化粧廻しを製作したり、現在は一般的になっているデザイナーとのコラボレート商品のパイオニアだったりと、常に新しい試みにチャレンジしている。
一方、アディダス(adidas)は様々な紆余曲折があったものの、現在では買収などを行いながら世界ナンバー2のスポーツメーカーとして現在も発展を続けている。